研究について
研究紹介 5
当教室では、難治性固形癌である肺癌や膵癌、胃癌などをとりあげ、難治化の要因である転移の分子機構解明とその分子標的治療開発や早期診断法開発に向けたトランスレーショナルリサーチを展開している。
当教室では、難治性固形癌である肺癌や膵癌、胃癌などをとりあげ、難治化の要因である転移の分子機構解明とその分子標的治療開発や早期診断法開発に向けたトランスレーショナルリサーチを展開している。
胃癌腹膜播種形成の分子機構解明と分子標的治療法開発
胃癌診療の中で、再発症例の半数を占め、その予後を最も左右する胃癌腹膜播種(胃癌細胞が腹膜へ広範に播種し、腸閉塞や多量の腹水貯留をおこす病態、癌性腹膜炎ともいう)には、いまなお効果的な治療法がない。我々は、本病態の分子機序を明らかにし、新しい治療コンセプトの確立を目標に、本病態発症の分子生物学的解明ならびに分子標的治療薬開発を目指し研究を続けている。
胃癌の転移形式は、非常に特徴的で肝転移群と腹膜播種群の2つに大きく分けられる【図1】。いわゆる転移の臓器特異(選択)性を示すものと理解される。高分化型腺癌(肉眼分類でBorrmannT,Uの形態をとる、分化度が高く細胞同士の接着も強い細胞集団)は、肝転移を形成しやすい。一方で、低分化腺癌や印環細胞癌(肉眼分類でBorrmannV,Wの形態をとり、スキルス胃癌に代表される分化が悪く細胞同士の接着が弱く散らばりやすい性格の細胞集団)は、腹膜へ播種しやすく癌性腹膜炎を形成する。
[T] 胃癌腹膜播種形成におけるCXCR4/CXCL12 axisの関与
(Yasumoto et al. Cancer Res 66: 2181-7, 2006)
転移の臓器特異性を説明する新たな分子として「ケモカインやその受容体の関与」が、Zlotnikらにより発表された(Nature 410, 50-56,2001)。2003年4月、大学での診療を開始すると同時に、富山大学和漢総合研究所の済木教授・小泉助教、近畿大学義江教授との共同研究のもと、胃癌転移におけるケモカインの関与について検討を開始した。
文部省科学研究費補助金 基盤研究(C)(一般)、平成16〜17年度
研究課題名:「ヒト胃癌腹膜播種形成におけるケモカインとそのレセプター発現の臨床的意義」
その結果、ケモカインレセプターCXCR4とその唯一のリガンドCXCL12の相互作用 (CXCR4/CXCL12 axis)が、本病態の発症進展に重要な役割を果すことを見出した【図2】。
すなわち、@ 癌性腹膜炎を発症する胃癌細胞は、選択的にCXCR4を高発現している(in vitro, in vivo, 臨床サンプルでの有意な相関についても確認)A転移臓器である腹膜(中皮細胞)にはCXCR4の唯一のリガンドCXCL12が高発現し、とくに癌性腹水中には高濃度のCXCL12が存在する。B実験的癌性腹膜炎発症モデルでの検討で、CXCR4阻害剤は癌性腹膜炎発症(腹水や播種巣の縮小)を有意に抑制した。胃癌転移の臓器選択性を説明する機序(分子)を初めて明らかにしたことでも大変意義が大きいと考えられる。
[U] EGFR/EGFR ligand (amphiregulin, HB-EGF) axisは、胃癌による癌性腹膜炎発症に重要な役割を果たし、CXCR4/CXCL12axisとも相互促進作用することで、本病態の発症進展に深く関与する。
(Yasumoto K, et al. Clinical Cancer Res 2011;17:3619-30)
A 文部省科学研究費補助金 基盤研究(C)(一般)、平成20〜22年度
研究課題名「CXCR4/CXCL12とHB-EGFを標的とした胃癌標的治療法の開発」
われわれは、癌性腹水中に存在する癌細胞増殖因子(Mills GB, et al. Cancer Res 1988; 48;1066-71)に着目し、EGFR/EGFR ligand axisが本病態形成に深く関与することを初めて明らかにした【図3】。
すなわち、 @ 癌性腹水中にはCXCL12のみならず、EGFRリガンドとくにamphiregulin、HB-EGFが多量に存在し、CXCR4発現胃癌細胞(EGFR高発現)に対して強力な細胞増殖作用を有する。 A 胃癌病態の進行・予後とEGFR発現が相関することは知られており、癌性腹膜炎を発症したヒト胃癌原発巣では、CXCR4(76%)ならびにEGFR(79%)が高頻度に発現していた。 B amphiregulinは、胃癌細胞自らが産生誘導する(shedding)が、HB-EGFには、自己産生誘導はなかった。Amphiregulinの産生誘導は、これら腹水中に多量に存在するHB-EGFならびにCXCL12蛋白の両刺激により相乗的に促進することが判明し、本因子の産生分泌にはTACE(ADAM17)が深く関与することを明らかにした。 C amphiregulin, HB-EGFはともに、さらにCXCR4発現胃癌細胞上のCXCR4(生物活性がある)の発現を増強した。D 一方、HB-EGFには、ヒト線維芽細胞(amphiregulinを恒常的に自己産生する)の増殖・運動能を著しく亢進した。 E EGFRのモノクローナル抗体(中和抗体)であるcetuximabは、CXCR4高発現ヒト胃癌細胞株NUGC4移植マウスxenograft癌性腹膜炎発症モデルでの本症の発症を有意に抑制し大幅に予後を改善した。以上の検討結果から、EGFR/EGFR ligand axisは胃癌性腹膜炎発症に重要な役割を果たすことが明らかとなり、CXCR4/CXCL12 axisとも相互促進作用しながら、本病態の発症進展に深く関与することを初めて明らかにした。
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