研究内容



1) 非小細胞がんの分子標的薬耐性の機構解明とその克服

非小細胞肺がんの分子標的薬として、上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)であるゲフィチニブ(イレッサ)およびエルロチニブ(タルセバ)が認可されている。EGFR-TKIは、がん細胞がEGFR遺伝子変異を有する症例に奏効性が高い。しかし、奏効例もほぼ例外なく耐性を獲得し再燃すること(獲得耐性)や、EGFR遺伝子変異を有するにもかかわらず自然耐性を示す症例があることが問題となっている。

当教室は、肝細胞増殖因子(HGF) がEGFR-TKIの自然耐性および獲得耐性を誘導することを明らかにした(Yano S et al, Cancer Res 68, 9479, 2008)。日常臨床では、EGFR-TKI治療により原発巣には有効であるものの、肝臓や副腎などの転移巣では効果を示さない症例にしばしば遭遇する(図1)。また、EGFR-TKI獲得耐性後に治療を休止(drug holiday)し、一定の期間の後に再度TKI治療を開始(re-challenge)すると再び治療効果が得られる症例がある。このような臨床経験をふまえ、我々は、既報にあるgenomicな耐性機構(T790M変異、Met遺伝子増幅)では説明できないような、がん微小環境因子による臓器特異的な耐性化誘導機構が存在するのではないかという仮説を立て、肝細胞増殖因子HGFに着目するに至った。



      (徳島大学呼吸器・膠原病内科 曽根三郎教授より提供)

HGFは特異的受容体であるMETに結合しリン酸化することで、EGFRやErbB3とは無関係に下流のPI3K/Aktシグナルを活性化し、EGFR-TKIの耐性を誘導していた(図2)。



HGFはがん細胞のみならず宿主の線維芽細胞も産生する(図3)ことが知られている。



線維芽細胞のHGF産生能は症例により異なるが、線維芽細胞がHGFを高発現する場合には、肺がん細胞のEGFR-TKI耐性を誘導しうることも明らかにした(図4)。
(Wang W et al, Clin Cancer Res, 2009)


以上の研究成果より、HGFによるEGFR阻害薬耐性の克服のためにはHGF-MET阻害薬のほか、下流シグナル阻害薬と併用することが有効である可能性についても研究を進めてきている。
(Donev IS et al, Clin Cancer Res, 2010)
(Wang W et al, Clin Cancer Res, 2012)
(Koizumi H et al, JTO, 2012)


加えて、HGFによる薬剤耐性は、今後臨床での活躍が期待されている次世代EGFR-TKIや抗EGFR抗体の耐性化にも関与することや、その克服のためにはHGF/Metシグナルの制御が重要であることを明らかにしてきた(図4)。
(Yamada T et al, Clin Cancer Res, 2010)
(Yamada T et al, JTO, 2012)



臨床検体を用いた検討は、前臨床試験の成果を臨床へ還元する上で大変重要なステップであり、我々は日本人のEGFR変異を有する肺がん検体を対象にHGF発現(免疫染色法)について検討した。EGFR-TKIに獲得耐性、自然耐性のうちHGF の高発現はそれぞれ、61%,29%で認め、臨床検体でもHGFが高頻度にEGFR-TKI の獲得耐性に関与していることが示唆されている(図5)。
(Yano S et al, JTO, 2011)




このように、当教室ではEGFR-TKI耐性の克服を目指したトランスレーショナルリサーチを展開している。
(文責:山田)



2) 肺癌多臓器モデルを用いた転移機構解明と標的分子の探索

肺癌は多臓器転移を形成することが特徴で、脳、肺、肝、骨、リンパ節などに好発し臓器特異性があることが知られている(図1)。多臓器転移の克服には分子病態解明の基づいた治療標的分子の探索とその制御法の治療効果を検証してゆく必要がある。そのためには臨床を反映し再現性の高い前臨床モデルが必要不可欠である。そこで、ヒト肺癌細胞株をNK細胞除去SCIDマウスに静注することにより肺癌患者の転移様式を反映した多臓器転移モデルを独自に確立した(図2)。さらに、肺癌細胞の増殖・進展に関与する遺伝子発現パターンが臓器間で異なっていることや、宿主側因子としてマクロファージの活性化状態やMMP活性に臓器間較差があり肺癌細胞の転移形成を修飾していることを明らかにし、肺癌をとりまく微小環境の臓器間heterogeneityの存在と転移克服におけるその重要性を示してきた。転移臓器特異的に発現が亢進している遺伝子も同定しており、現在それらの機能解析を進めている。

(Yamada T et al, Cancer Sci. 2011)





3)脳転移の分子機構解明と分子標的治療開発

脳転移は肺癌のQOL阻害および予後不良因子であり臨床上特に問題となる。そこで、実体顕微鏡下にマウスの内頸動脈に肺癌細胞を接種し脳転移を形成する再現性の高いモデルを確立した(図3)。さらに、血管新生因子VEGFが腫瘍内の微小血管を拡張させ転移形成を促進する新たな脳転移促進機構が存在することを明らかにしている。現在、血管新生阻害薬の脳転移抑制効果を検討している。



4)骨転移の分子機構解明と分子標的治療開発

肺癌の骨転移は溶骨性病変を形成することが多いが、約25%の症例においては造骨性病変を形成する。溶骨性骨転移、造骨性骨転移ともに臨床的に患者のQOLを低下させる重要な因子であり、その分子機構の解明と治療法の開発は世界的に注目されている分野である。溶骨性骨転移については、破骨細胞機能を抑制するビスフォスフォネートによる治療が確立されているが、肺癌の造骨性骨転移に対する治療法は無いのが現状である。我々は、肺癌の溶骨性転移モデルおよび造骨性転移モデルをそれぞれ作成し(図4)、分子機構の解明および分子標的治療開発に向けた検討を進めている。

(Yamada T et al, Mol Cancer Ther. 2009)



5)胸膜中皮腫の病態解明と新規制御法開発

胸膜中皮腫はその発症にアスベスト吸入が深く関与しており、今後増加することが予想されている。また、早期診断が困難な上に放射線治療や化学療法の感受性が低いため予後不良であり、有効な治療法の開発が急務とされている。我々は、胸膜中皮腫の分子病態を明らかにするためにSCIDマウスを用いた同所移植モデルを確立した(図5)。さらに、胸膜中皮腫細胞が血管内皮成長因子(VEGF)を過剰発現し、血性胸水および胸腔内腫瘍形成を促進しており、VEGFが治療の分子標的となることを明らかにしている。さらに、胸膜中皮腫細胞の増殖やアポトーシスに関連した分子を複数個同定しており、それらを標的とした選択的で副作用の少ない分子標的治療薬開発に発展させる予定である。

(Li Q et al, Am J Pathol. 2011)
(Yamada T et al, Cancer Sci. 2008)
(Li Q et al, Clin Cancer Res. 2007)



6)膵癌

1. 癌における遺伝子異常とそれを指標とした膵癌診断法の開発

難治癌の代表である膵癌の早期診断は依然として困難ですが、その大きな要因として、胃や大腸のように生検が容易でないことが挙げられます。私共は、内視鏡下経乳頭的に採取した膵液中のK-rasとp53遺伝子変異の検出が膵癌に有用であることを世界に先駆けて報告してきました。最近では、エピジェネチックな遺伝子異常について、研究をすすめており、膵液中のppENKやTFPI-2のメチル化異常は膵癌診断に、SARP2のメチル化異常は、膵腫瘍スクリーニングに有用であることを報告しました。さらに、早期診断の新たなマーカーを検索中です。また、血清を用いた膵癌診断へのアプローチについても検討しています。

2. 膵疾患を中心と超音波内視鏡を用いたアプローチ

超音波内視鏡(EUS)による消化管癌の進達度診断のほか、膵腫瘍や嚢胞性膵疾患の精査や膵実質エコーによる慢性膵炎の診断などを試みています。また、EUS下膵腫瘍生検材料より、核酸を抽出し、代謝酵素発現をチェックして、有効な個別化化学療法の選択や超音波内視鏡下に膵腫瘍内に癌関連遺伝子のsiRNAや脱メチル化剤の注入などの臨床応用をめざした研究を計画しています。

3. 臨床的アプローチ

膵癌による閉塞性黄疸に対して、内視鏡下胆道ステント留置術などの高度な治療も積極的に施行しています。また、膵癌における新しい化学療法プロトコールを立案し、臨床試験も計画しています。



7)胃癌腹膜播種形成の分子機構解明と分子標的治療法開発

胃癌診療の中で、再発症例の半数を占め、その予後を最も左右する胃癌腹膜播種(胃癌細胞が腹膜へ広範に播種し、腸閉塞や多量の腹水貯留をおこす病態、癌性腹膜炎ともいう)には、いまなお効果的な治療法がない。我々は、本病態の分子機序を明らかにし、新しい治療コンセプトの確立を目標に、本病態発症の分子生物学的解明ならびに分子標的治療薬開発を目指し研究を続けている。

 胃癌の転移形式は、非常に特徴的で肝転移群と腹膜播種群の2つに大きく分けられる【図1】。いわゆる転移の臓器特異(選択)性を示すものと理解される。高分化型腺癌(肉眼分類でBorrmannT,Uの形態をとる、分化度が高く細胞同士の接着も強い細胞集団)は、肝転移を形成しやすい。一方で、低分化腺癌や印環細胞癌(肉眼分類でBorrmannV,Wの形態をとり、スキルス胃癌に代表される分化が悪く細胞同士の接着が弱く散らばりやすい性格の細胞集団)は、腹膜へ播種しやすく癌性腹膜炎を形成する。

         






[T] 胃癌腹膜播種形成におけるCXCR4/CXCL12 axisの関与
 (Yasumoto et al. Cancer Res 66: 2181-7, 2006)

 転移の臓器特異性を説明する新たな分子として「ケモカインやその受容体の関与」が、Zlotnikらにより発表された(Nature 410, 50-56,2001)。2003年4月、大学での診療を開始すると同時に、富山大学和漢総合研究所の済木教授・小泉助教、近畿大学義江教授との共同研究のもと、胃癌転移におけるケモカインの関与について検討を開始した。

文部省科学研究費補助金 基盤研究(C)(一般)、平成16〜17年度
研究課題名
「ヒト胃癌腹膜播種形成におけるケモカインとそのレセプター発現の臨床的意義」

その結果、ケモカインレセプターCXCR4とその唯一のリガンドCXCL12の相互作用 (CXCR4/CXCL12 axis)が、本病態の発症進展に重要な役割を果すことを見出した【図2】。
 すなわち、@ 癌性腹膜炎を発症する胃癌細胞は、選択的にCXCR4を高発現している(in vitro, in vivo, 臨床サンプルでの有意な相関についても確認)A 転移臓器である腹膜(中皮細胞)にはCXCR4の唯一のリガンドCXCL12が高発現し、とくに癌性腹水中には高濃度のCXCL12が存在する。B実験的癌性腹膜炎発症モデルでの検討で、CXCR4阻害剤は癌性腹膜炎発症(腹水や播種巣の縮小)を有意に抑制した。胃癌転移の臓器選択性を説明する機序(分子)を初めて明らかにしたことでも大変意義が大きいと考えられる。





[U]  EGFR/EGFR ligand (amphiregulin, HB-EGF) axisは、胃癌による癌性腹膜炎発症に重要な役割を果たし、CXCR4/CXCL12 axisとも相互促進作用することで、本病態の発症進展に深く関与する。
(Yasumoto K, et al. Clinical Cancer Res 2011 in press)

A 文部省科学研究費補助金 基盤研究(C)(一般)、平成20〜22年度
 研究課題名「CXCR4/CXCL12とHB-EGFを標的とした胃癌標的治療法の開発」

 われわれは、癌性腹水中に存在する癌細胞増殖因子(Mills GB, et al. Cancer Res 1988; 48;1066-71)に着目し、EGFR/EGFR ligand axisが本病態形成に深く関与することを初めて明らかにした【図3】。
 すなわち、 @ 癌性腹水中にはCXCL12のみならず、EGFRリガンドとくにamphiregulin、HB-EGFが多量に存在し、CXCR4発現胃癌細胞(EGFR高発現)に対して強力な細胞増殖作用を有する。 A 胃癌病態の進行・予後とEGFR発現が相関することは知られており、癌性腹膜炎を発症したヒト胃癌原発巣では、CXCR4 (76%) ならびにEGFR (79%) が高頻度に発現していた。 B amphiregulinは、胃癌細胞自らが産生誘導する(shedding)が、HB-EGFには、自己産生誘導はなかった。Amphiregulinの産生誘導は、これら腹水中に多量に存在するHB-EGFならびにCXCL12蛋白の両刺激により相乗的に促進することが判明し、本因子の産生分泌にはTACE (ADAM17) が深く関与することを明らかにした。 C amphiregulin, HB-EGFはともに、さらにCXCR4発現胃癌細胞上のCXCR4(生物活性がある)の発現を増強した。D 一方、HB-EGFには、ヒト線維芽細胞(amphiregulinを恒常的に自己産生する)の増殖・運動能を著しく亢進した。 E EGFRのモノクローナル抗体 (中和抗体) であるcetuximabは、CXCR4高発現ヒト胃癌細胞株NUGC4移植マウスxenograft癌性腹膜炎発症モデルでの本症の発症を有意に抑制し大幅に予後を改善した。以上の検討結果から、EGFR/EGFR ligand axisは胃癌性腹膜炎発症に重要な役割を果たすことが明らかとなり、CXCR4/CXCL12 axisとも相互促進作用しながら、本病態の発症進展に深く関与することを初めて明らかにした。


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