EGFR-TKI耐性の克服―日本からの挑戦―



EGFR-TKI耐性の克服―日本からの挑戦―

金沢大学がん進展制御研究所
腫瘍内科
矢野 聖二


EGFR-TKIの獲得耐性は臨床上重要な課題
肺がんの治療は分子標的薬の登場により劇的に変化しました。とくに上皮成長因子受容体(EGFR)に遺伝子変異のある肺がんは、約80%の症例でゲフィチニブやエルロチニブが奏効します。EGFR遺伝子変異のある肺がん症例を対象とした第III相試験において、ゲフィチニブやエルロチニブが殺細胞性抗がん薬と比較し有意に無増悪生存期間(PFS)を延長することや、このような症例群は2年半を超えて生存できることが示されました。私が医者になった20年前は、非小細胞肺がんに化学療法を行う意義があるのかどうか真剣に議論されていたような時代でしたので、隔世の感がございます。
しかし、ゲフィチニブやエルロチニブが一旦著効した症例も数年以内にほぼ例外なく再発してしまいます。これはがん細胞が薬剤に耐性を獲得するためで、この獲得耐性が臨床的に克服すべき次なる課題になっています。

日本から発信された獲得耐性因子HGF
2004年にMassachusetts General Hospital (MGH)やDana-Farber Cancer InstituteのグループによりEGFR遺伝子変異が発見されこの領域の研究が一気に注目を集めるようになりましたが、その後は獲得耐性因子の分子機構を解明する研究が主流になっています。現在臨床的に意味があることが確認された獲得耐性因子としてはEGFRのT790M二次的遺伝子変異、Met遺伝子増幅、肝細胞増殖因子(HGF)の過剰発現の3つがあります。EGFR-T790M二次的遺伝子変異は2005年にHarvard大学のグループから、Met遺伝子増幅はMGHのグループから報告されました。ゲフィチニブやエルロチニブが奏効するEGFR遺伝子変異のある肺がんは日本を含む東アジアに多いにもかかわらず、本領域の重要な発見は米国ボストンのグループからなされている状況が続いています。このような中、私たちは2008年にHGFがゲフィチニブの耐性を誘導することを明らかにし、臨床的に意味のある耐性機構であることを報告しました(図1)。





3つの獲得耐性因子の頻度については、EGFR-TKIに獲得耐性となったEGFR変異肺がんのうち、EGFR-T790M二次的遺伝子変異は約50%にみられるとされ多くの報告で一致しています。Met遺伝子増幅は初期の報告で20〜25%にみられるとされましたが、その後は10%以下であるとする報告が多く、さらに大規模での検討で頻度を明らかにする必要があると考えられます。私たちは日本人症例におけるHGFによる耐性の頻度を明らかにするために、国内12施設で共同研究を行いました。日本人のEGFR-TKIに獲得耐性となったEGFR変異肺がん23サンプルを解析した結果、EGFR-T790M二次的遺伝子変異は52%、Met遺伝子増幅は9%、そしてHGF過剰発現は61%にみられることが明らかとなりました。したがって、少なくとも日本人においてはHGFが最も頻度の高い獲得耐性因子であろうと考えています。また、EGFR-T790M二次的遺伝子変異とMet遺伝子増幅がひとつの腫瘍に同時に検出されることはほとんどありませんが、HGFはEGFR-T790M二次的遺伝子変異やMet遺伝子増幅と同時に検出される場合が多々みられます。その意味合いですが、EGFR-T790M二次的遺伝子変異と同時に発現されている場合、EGFR-T790M二次的遺伝子変異の克服薬と期待されていた不可逆型EGFR-TKIの耐性もHGFが誘導することを私たちは報告しており、不可逆型EGFR-TKIの臨床試験がネガティブな結果に終わっている原因のひとつがHGFであろうと考えています。また、Met遺伝子増幅を報告したEngelmanらは、HCC827という細胞株のみでみられる現象ではあるのですが、あらかじめ存在するごく少数のMet遺伝子増幅を有するクローンの増殖をHGFが促進して、Met遺伝子増幅による耐性の完成を促進することを報告しており、HGFとMet遺伝子増幅の密接な関係がうかがわれます。これらはHGFが単にゲフィチニブやエルロチニブの耐性を誘導するに留まらず、様々な形でEGFR-TKIに関与していることを示唆しており、HGFがEGFR-TKI耐性克服の重要な治療標的であることを意味しています。

獲得耐性を克服する戦略
獲得耐性の約50%に関与するEGFR-T790M二次的遺伝子変異の克服薬として有望なものとして、変異型EGFR選択的TKIとHsp90阻害薬があります。変異型EGFR選択的TKIは、Exon19欠失やL858Rなどの活性型遺伝子変異のみならずT790M二次的遺伝子変異を有するEGFRを選択的に阻害する薬剤です。したがってT790Mによる獲得耐性を克服することが予想されますが、一方で野生型EGFRを阻害しないので、ゲフィチニブやエルロチニブで高頻度に見られる皮膚障害が軽減されることも期待されています。もしかしたら、日本人に多い急性肺障害/間質性肺炎の発生頻度も抑制されるかもしれません。Hsp90阻害薬は、変異型EGFRの安定化に重要なHsp90を阻害することでEGFR蛋白を不安定化させ、変異型EGFR肺がん細胞を死滅させると考えられています。EGFR-T790M二次的遺伝子変異のある肺がんのみならず、EML4-ALK肺がんに対しても有効性が示唆される報告が最近相次いでなされており、非常に注目されています。Met遺伝子増幅による耐性の克服方法としては、EGFR-TKIとMet-TKIの併用が提唱されています。
HGFによる耐性は、HGF-Met経路を遮断する薬剤(抗HGF抗体、HGFのMetへの結合を阻害するNK4、Met-TKI、PI3K阻害薬)とEGFR-TKIを併用することで克服が可能であることを私たちは明らかにしており、現在どの薬剤の組合せが最適であるのか前臨床モデルでさらに検討を進めています。
また、基本的にはEGFRやMetは下流のMEK/Erk経路とPI3K/Akt経路が活性化されることで増殖および生存シグナルを伝達していますので、MEK阻害薬とPI3K阻害薬を併用することですべての耐性を解除しようとする試みもあります。しかし、正常細胞においても重要な役割を担っているこれらの経路を同時に遮断した場合、はたして忍容可能なのか危惧されます。臨床試験で評価する場合には、安全性には特に注意を払って評価する必要があります。
耐性の原因を臨床の現場でどのように診断するか
このように、EGFR-TKI耐性の分子機構は徐々に明らかとなり、耐性克服薬もかなりの品揃えがなされてきました。そこで重要となるのが、各症例の耐性原因の診断です。獲得耐性時に再度生検おこなうことが理想的ですが、再発病巣の部位によっては生検が容易ではない場合や十分量検体が採取できないこともあります。容易に採取できる血液などで診断ができれば臨床上有用で患者さんの負担も軽減できます。血液中のcirculating tumor cellやDNAを回収してT790Mの診断を行う試みや、血液中のHGFを測定して耐性を予測する試みもなされています。何らかの工夫をすることで、血液を用いた耐性の原因診断ができるようになるかもしれません。

がんばろう日本
肺がんは日本人のがん死亡原因の第一位です。また、EGFR変異肺がんはわが国に多い特徴的ながんです。だからこそわれわれ臨床医がリサーチマインドを持って、「世界で最初にEGFR変異肺がんを克服するんだ!」というくらいの気概を持って取り組む課題ではないでしょうか。今般の国難を乗り切るための合言葉が「がんばろう日本」です。みなさん、EGFR変異肺がんの克服にも、ボストンに負けないように力を合わせてがんばろうではありませんか!


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