3. 脈管内での移動
血管内に侵入した癌細胞は、血流の機械的ストレスやナチュラルキラー(NK)細胞を中心とした免疫系の攻撃により大部分が短時間で死滅すると考えられている。したがって、短時間に血管外に脱出あるいは少なくとも血管内皮細胞に接着した癌細胞のみが生存し転移することができる。また、高転移性細胞は癌細胞同士あるいは血小板とともに集塊を形成し生存に有利な環境を形成することがある。
4. 転移臓器の血管内皮への接着
集塊を形成した癌細胞が毛細血管に塞栓を形成する場合と、癌細胞と血管内皮細胞が特異的結合により接着する場合がある。後者の場合、複数の糖鎖や接着分子が利用され巧妙に接着が制御されており、使用される糖鎖や接着分子の種類により転移の臓器特異性の一部が規定されていると考えられる。その一例としては、まず癌細胞表面のシアリルLexやシアリルLea抗原などの糖鎖と、その受容体である血管内皮細胞上のセレクチン(E-セレクチン、P-セレクチン)との弱い接着が誘導され、それに続いて癌細胞が発現するLFA-1やVLA-4などのインテグリン分子が血管内皮細胞のICAM-1やVCAM-1などの接着分子とより強固な結合をする機構がある。また、癌種によってはCD44やCXCR4などのケモカインレセプターが血管内皮細胞への接着に重要な役割を果たしている。
5. 脈管外への脱出
癌細胞は血管内皮細胞同士の接着に割り込み、その下層構造である基底膜にインテグリンなどを介して接着し、基底膜成分のIV型コラーゲンやラミニンを分解し、移動する。その際、細胞とECMの接着部位には接着斑(focal
adhesion)と呼ばれる構造が形成され細胞内の細胞骨格蛋白がインテグリンを介してECMと連結する。この接着斑において方向性のある接着・脱接着が繰り返され、一定方向に細胞が運動していくと考えられている。
6. 転移巣での増殖
原発巣での増殖同様、種々の増殖因子や増殖因子受容体、血管新生因子が関与するが、臓器特異的に産生される因子により臓器特異性が規定されうる。たとえば、IGF-1 (insulin-like growth factor-I)は多くの臓器で発現されているが肝で最も高発現している。IGF-1は細胞周期を促進するため、IGF-1受容体を発現した癌細胞の肝での増殖を特異的に促進する可能性がある。同様に、肝ではEGFRのリガンドであるTGF-aの発現が高く、EGFRを発現した癌細胞の増殖を促進していると考えられる。
腫瘍が原発臓器にとどまっていれば外科的切除で治癒が期待できることや脈管への浸潤から転移臓器の血管内皮への接着の過程は数時間から数日の間に完成されると考えられていることから、転移臓器における腫瘍増大を阻止する治療法をいかに開発するが転移治療の鍵になると思われる。